京都市のホテル稼働率と観光客の推移(2025年8月)

   
   

京都市観光データで読み解く!
宿泊市場のダイナミックな変化と今後の展望

   
       

 京都は観光都市として世界に情報を発信してきており順調に観光客数を伸ばしてきました。しかし、2019年のラグビーワールドカップ開催による活況から一転、新型コロナウイルスのパンデミックにより、古都・京都の観光市場は前例のない危機に直面しました。一時は観光需要がほぼ完全に消失する事態に陥りましたが、2022年後半からの水際対策緩和を機に、市場は劇的なV字回復を遂げています。        

       

 本記事では、京都市観光協会の詳細な月次データを基に、この激動の数年間をインフォグラフィックで可視化します。インバウンド主導の力強い回復の裏で深刻化する「オーバーツーリズム」の問題や、変化する旅行者の動向、そして「持続可能な観光」という未来への挑戦まで、データが語る京都観光の現状とこれまでの推移を深掘りしていきます。        

   
   

京都市の客室稼働率の推移 (2019年〜2025年)

   
           
   

延べ宿泊者数の推移 (2021年8月以降)

   
           
   
       

データから読み解く京都市の観光トレンド

       

1. ゼロからの再起:インバウンド主導の驚異的な回復

       

 グラフは、京都観光が経験したジェットコースターのような展開を物語っています。2019年10月にはラグビーW杯効果で欧米豪からの宿泊客が急増し活況を呈しましたが、2020年初頭から新型コロナの影響が顕在化。同年1月下旬には中国政府が団体旅行を禁止し、4月には緊急事態宣言下で客室稼働率はわずか5.8%まで落ち込みました。外国人延べ宿泊客数は前年比99.7%減となり、市場は実質的に崩壊しました。        

       

 長く続いたトンネルの出口が見えたのは2022年10月の水際対策大幅緩和です。これを境に、堰を切ったように外国人観光客が戻り始めました。円安が強力な追い風となり、2024年4月には総宿泊者数に占める外国人比率が70.1%という過去最高水準を記録。コロナ禍前とは比較にならないほどインバウンド依存度の高い市場構造へと変貌を遂げたのです。この勢いは単価にも反映され、2025年4月には桜とイースター休暇の需要が重なり、平均客室単価が統計開始以来初めて3万円を突破しました。        

       

2. 「量」から「質」へ:高単価戦略と国内需要の変化

       

 インバウンドが市場を力強く牽引する一方、国内市場は異なる様相を呈しています。物価高による旅行マインドの低下や、「全国旅行支援」といった需要喚起策の終了が日本人延べ宿泊数に影響を与え、一部期間では伸び悩む傾向が見られます。        

       

 このような状況下で、多くの宿泊施設は戦略の転換を迫られました。それは、稼働率の追求から収益性を最大化する「高単価戦略」へのシフトです。背景には、業界全体が抱える深刻な人手不足の問題もあります。満室稼働が物理的に困難な中、客室単価(ADR)を引き上げることで、1室あたりの売上を示す客室収益指数(RevPAR)の向上を図る動きが加速。結果として、客室稼働率がコロナ禍前の水準に達していない月でも、収益は当時を上回るという現象が起きています。これは、高付加価値な体験を求める国内外の富裕層や個人旅行客のニーズを的確に捉えた結果と言えるでしょう。

       

3. 観光回復の光と影:「オーバーツーリズム」という新たな課題

       

観光客の急回復は地域経済に大きな潤いをもたらす一方で、看過できない負の側面も生み出しています。 「オーバーツーリズム(観光公害)」の問題が、市民生活に深刻な影響を及ぼし始めているのです。        

       

 特に顕著なのが交通問題です。「バスが満員で市民が乗れない」「大きなスーツケースが通路を塞ぐ」といった光景は日常茶飯事となり、市バスの定時運行も困難になっています。実際、外国人観光客の大きな荷物がバスの通路を塞ぎ、市民の利用に支障をきたしている状況はSNSでも物議を醸し、報道されています。

京都市バス“大量スーツケース”で市民乗れず
京都市バス“大量スーツケース”で市民乗れず(You tube)

これに対し、京都市は大型荷物を預けられる「手ぶら観光バス」を実証運行するなど対策を講じていますが、利用者の伸び悩みなど、課題は山積しています。

京都市が新たなオーバーツリーズム対策『手ぶら観光バス』

また、観光客が私有地へ無断で立ち入る、舞妓さんを追いかけて撮影するといったマナー違反のニュースも良く目にします。 こうした状況は、古都の静かな風情や文化を損なうだけでなく、地域住民の不満を増大させています。        

       
           

ポイント: 観光の経済的恩恵と、市民生活の平穏。この二つは決して対立するものではありません。京都市が推進する「京都観光モラル」のように、観光客一人ひとりが文化や習慣を尊重する意識を持つことが、観光客と市民の共存、そして「持続可能な観光」の実現に向けた第一歩となります。

       
                

4. 未来への展望:万博効果の最大化と持続可能な観光への挑戦

       

 今後の京都観光にとって大きな起爆剤となるのが、2025年の「大阪・関西万博」です。関西圏への注目度が世界的に高まることで、京都への波及効果が見込まれています。2025年1月の月報では、すでに宿泊施設から万博期間中の予約に関する問い合わせが増えているとの声も聞かれ、春の行楽シーズンと合わせて長期的な高稼働が期待されます。        

       

 しかし、それは同時にオーバーツーリズム問題をさらに深刻化させるリスクもはらんでいます。この好機を単なる「数の増加」で終わらせず、「質の向上」に繋げられるかが問われています。具体的には、観光客を特定の有名観光地だけでなく市内各所に分散させるための魅力的なコンテンツ開発、朝観光や夜観光の推進による時間的分散、そして文化体験プログラムなど消費額向上に繋がる「コト消費」の拡充が急務です。京都の観光は、経済的な成功と地域社会との調和という、難しい舵取りが求められる新たなステージに立っています。